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性癖から考える『多様性-ダイバーシティ』という名の自己満について。

様性

みんな違ってみんないい。

モーツァルトはスカトロジストでした。

家族も父親以外はうんこ好きで特に母親がうんこ好きだったそうです。女性へのラブレターにもうんこの話ばかり書き留めて、作曲した曲の一つに『Leck mich im Arsch』という曲があり和訳すると「僕のお尻を舐めてよ」です。

ナポレオンは極度の匂いフェチでした。

奥さんがかなり強めなワキガもちで、それがたまらなく好きだったそうです。遠征先から「入浴せずに待つように」と手紙を送ったという話などもあります。

ルソーは露出狂だった。

社会契約論などで有名なルソーですが、自分の裸体を街中で露出することが好きだったらしくご婦人たちの前でオープンすることもしばしば。警察に連行されることもあったそうです。

みんな違ってみんないいですね・・・?(/・ω・)/

これらは歪みでしょうか個性でしょうか。性癖占いなんかには中々登場してこない輩が多い印象ですが、、、

多様性の時代と言われるときの中心軸は「正統派」という名のマジョリティーであって、そことの違いを否定することなく受け入れていこうという風潮が今の世の中にはあります。

正統派が常に上の存在であって、マイノリティーを受け入れて「あげる」という意識構造がそこにはあるような気もします。

LGBTなどは市民権を得つつありますが、もっとマイノリティーofマイノリティーも多様性の時代だからOKかというとそこはNGだったりもします。

今回、朝井リョウさんの【正欲】という本を読んでどこまでが多様性の時代に受け入れられるんだろう。多様性と言いながら(限度はありますよ)的な注意書きがあるのかな?とか考えました。

本を読んで、そんな私自身も正統派でいたいと無意識に思っているんだと痛感しましたし、知ったような顔で「多様性の時代だから〇〇とかもこれからはありだと思う」みたいなことを言ってたなとか思いました。

真に多様性の時代は多様性とか語られなくなってからだと思いますが、色々と線引きとかも難しいなと思いました。

前述のモーツァルトやナポレオン、ルソーは多様性の時代的にOKなのかOUTなのか?

とりあえず今後は「多様性だからさ」とか言わないようにします<m(__)m>